天国で安らかに
朝からバタついていました
まじょのこどもです。
今朝。東京にいた父方の叔母が急逝しました。
享年43という若さで。
なんて人間の命は儚いんだ
改めてそう思い知らされました。
叔母は私が小さかったころから仲良くしてもらっていて、性格やテンションも似ていたのですごく親近感がある人でした。
だからなのか、親族の中でも叔母のことは大好きでした。
明るく、誰とでも会話をし、みんなに愛されていた叔母。
東京で出会った今の旦那さんと結婚し、東京に移住。
可愛い娘さんも授かり、今では小学6年生。
少し前までは幸せな家庭でした。
しかしながら、30ほどの若さで癌を患うことに。
それからはツラい闘病生活だったとは思いますが、つい5日前までは元気にしていました。
そう。5日前。
癌が再発し、レベル4の申告を受けたということで親族の代表者数人で会った5日前。
その日は体調もよかったらしく、歩けはしませんでしたが喋れる程度ではあったそうです。
兄妹である父と叔父、その他の親族が状態を確認し、まだ大丈夫だろうということで帰ってきてから5日。
叔母は43という若さで、朝、息を引き取りました。
この日は娘さんの小学校の卒業式の日でした。
あぁ。神様ってなんて無情なんだ。
人生の卒業が今日じゃなくたってよかったじゃないか。
ずっと娘さんの卒業を楽しみにしていただろうに。
何故、明日ではなかったのか。
そもそも何故この若さでこの世を去らなければならないのか。
母親として小学校の門出を祝ってやりたかっただろうに
……
お通夜は5日後。
まさかこんな形で半年ぶりの再会をするなんて。
思ってもみなかったなぁ。
元気な叔母に会えると
思っていたのになぁ。
考えれば考えるほど人の命の儚さを思い知らされます。
自分の親しい人がいつ死ぬかわからない。
むしろ自分が明日は生きていないかもしれない。
もし誰かに突然の死が訪れたとき
大切な人、ずっと一緒にいた人が最後に言った言葉を覚えているだろうか。
最後に話した内容を覚えているだろうか。
明日がちゃんと来るのかなんてわからない。
当たり前のように来ると思っている明日は本当に来るのか。
普段は考えない、無意識に考えないようにしていることが溢れ出して洪水を起こしています。
だから、ここに最後に伝えたかったことを記そうと思います。
闘病生活が長かった分、天国では安らかにお休みください。
そしてまた来世でお会いしましょう。
ありがとう、ともねーちゃん
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