「幸せは他人が運んでくる」ってほんと?

おひさしぶりです

現在三重で方位替え中

まじょのこどもです

「2020年も残すところあと少し!」

とかいうCMやニュース番組が増えてきました。

このセリフ聞いていつも思うんです。


……え?????もう2020終わるの?????????
今年って何かしたっけ?????????('ω')???


新型コロナウイルスのおかげで私は世間よりも早い2月から休業させられ、学校はオンラインになったがゆえに今年会った友達は1ケタ台しか数えられんし。

旅行も行ってなければ友達とご飯に行くこともほとんどなし。

3.4.5月なんて毎年送別会と新歓会と友達との交流会でスケジュールびっしりだったのに……



だから今年のスケジュール帳の書き込みほぼ0!!!!!!!(ノД`)・゜・。

で、バイトは6月まで全部休業してたおかげで収入はないのにお金だけは出ていく現状。



もうまじコロナ(#^ω^)

やってくれたなコロナ(#^ω^)



っていうやり場のない怒りがこみ上げてきます。

まぁ自分よりもっと悲惨な一年になった人は多くいるんだろうけども。

で、やり場のない怒りをここに書き連ねたところで、今回のテーマは


「幸せは他人が運んでくる」ってほんと?


です。

この言葉自体は風水などで用いられる言葉ですが結論から言うと、


幸せは他人が運んできます!!!!!!!( ゚Д゚)



いやもうほんと。まじで。

今年の自粛生活中これは本当に痛感してました。



自分一人で生み出せる幸せには限界があり、そこに他人が関わることで自分一人では得られなかった幸せに出会うことができる。

ほぼ強制的に一人、もしくは家族とだけで過ごす日々が多かった今年。

実際これを日ごろから感じて生きている人ってどれくらいいるんでしょうか。



今年は人と会う予定や人が集まってワイワイする行事は例年に比べて非常に少なかったのではないかと思います。

私自身、大勢の人が集まるお祭り行事や数人の友達とご飯に行ってワイワイするのが好きなので、例年100人の友達と会っているとするならば今年は5人程度でした。

うぅ悲しい…



友人と会って最近会った何気ない出来事を喋る

恋人とロマンチックなところにお出かけする

会社の人とのお疲れ様会で普段は知らないその人の一面を知る

地元のお祭りに参加して久しぶりに同級生と再会して盛り上がる



これらはすべて自分一人じゃ得られない出来事です

もちろん自分一人の時間が好き、という方も多くいらっしゃるかと思いますがそんな人でも引きこもりレベルで社会的交流を絶っているわけではないはず。

少なからずご近所付き合い、もしくは働いている会社の人や通学している学校の人とは関わりがあるはずです。



他人が関わってくるからこそ得られる幸せは些細なことから大きなことまで様々です。

先ほどの例のような日常的なものもあれば、結婚や出産、子供の行事参加などなど。

自分自身のライフイベントに関わるものも全て自分一人で生み出した幸せではなく、他人が運んできた幸せです。



日常、もしくは非日常のどこにどんな幸せを見出すかは人それぞれですが、少なくとも自分自身だけで見出した幸せより、他人が運んできた幸せの方が多いのではないかと思います。



ただ、場合によっては他人から幸福ではなく不幸な出来事をお見舞いされることもあります。

自動車での接触事故、理由不明の八つ当たり、その他の事件事故、etc…

挙げればキリがありませんが、他人は本当に多くのものを運んできます。



だからこそ、他人との関わりが少なかった今年は良くも悪くも変化のない、平凡な一年になった人が多いのではないかと思います。

(その逆に業績悪化で失業した人、コロナのせいで留学がなくなった学生、人生設計そのものが大きく狂った人もなどなどもいるかとは思いますが…)



今現在、この記事を書いている本人は1週間前に職場で受けたノロウイルス検査に引っかかり、約10日間の業務停止をくらって自宅待機中です。

その間、職場の人と関わることももちろんなければ、一人暮らし中なので家で家族のように話せる相手もおらず、外食をするわけにもいかないので真のぼっちタイムを過ごしています(´;ω;`)



ちなみに本人は検査を受ける前も受けた後も変わらずピンピンしております

ノロウイルスほんまにかかってるん????????

まったく自覚も症状も無いんですけど???????(;^ω^)



という状態なので、ただただ本人は元気なのに職場から来るなって言われたから強制的に休まされている感じで、これまた何とも言えないストレスがたまっております…"(-""-)"グヌヌ…



そんな状態なので他人と関わってない時間が多く、なんとか時間を無駄にしないように自分でできることはしていますが、それもやはり限界というものがあります。



自炊したり、本読んだり、テレビ見たり、お風呂にゆっくり浸かってみたり…

たしかに自分一人でゆっくり過ごしている分、一人の幸せを感じることもできますが10日間ともなるとさすがに限界が来ます。



誰かとご飯に行きたいなぁ

誰かとお出かけに行きたいなぁ

誰かとおしゃべりしたいなぁ



などなど。

自分一人では得られない幸せをだんだん他人に求めるようにもなってきます。

しかも他人と関わらないことで何が起きるかというと、

なにもやる気が起きなくなるんですよね。



他人と関わっているからこそ「痩せよう」とか「賢くなりたい」とか「挑戦したい」とかの「ああなりたい」「こうなりたい」「これがしたい」という欲が湧いてくるんですね。

いわゆる向上心ってやつです。



他人と関わることがなければ自分と他人を比べて自分がどんな人間であるかを認知することはできませんし、他人がやっていることに自分も挑戦したいとも思いませんし、そもそも他人からの刺激もないのに自分自身でこれやりたい!なんていう原動力は湧いてこないんですよね。



だからこそ他人と関わって、刺激をもらって、幸せを感じられることにありがたみを感じます。

かなり長くなりましたが、「幸せは他人が運んでくる」という言葉の意味について、少しでも考えるきっかけになれば幸いです。


来年はいろんな人に会えますように(ーー゛)

まじょのこども部屋

まじょのこども部屋へようこそ。 占い師の娘だからこそ知る 占いの世界はどんなものなのか。 身近な存在とは言い難い「占い」 少しでも知るきっかけになればと思います。

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